福岡高等裁判所 昭和47年(ネ)287号 判決 1974年11月05日
控訴人(付帯被控訴人)
河内ハツエ
右訴訟代理人
坂元洋太郎
被控訴人(付帯控訴人)
綾好典
右訴訟代理人
身深正男
同
佐山武夫
被控訴人(付帯控訴人)
北九州市
右代表者病院局長
河野益武
右訴訟代理人
身深正男
被控訴人
関原敏次郎
右訴訟代理人
加藤美文
主文
一 本件控訴並びに付帯控訴は何れもこれを棄却する。
二 控訴費用は控訴人(付帯被控訴人)の、付帯控訴費用は被控訴人(付帯控訴人)綾好典及び北九州市の負担とする。
事実《省略》
理由
一当裁判所も、河内光の診療につき、被控訴人関原の過失は否定すべきであるが、一方被控訴人綾の過失は肯定すべきであり、したがつて被控訴人北九州市もその使用者としての責任を免れ得ず、両被控訴人が光の実母である控訴人に支払うべき慰謝料額は五〇万円とするのが相当であると判断するが、その理由とするところは、つぎに付加するものの外原判決理由説示と同一であるから、ここにこれを引用する。
二被控訴人関与の過失の有無について、
同被控訴人が昭和四三年四月一五日午前八時ごろ光の診察した際には、破傷風の典型的臨床症状とされるもののうち、開口制限、頸部硬直等の症状はみられたが、全身性のけいれんは未だ軽度なものであり、後弓反張もみられない上、診断上有力な手がかりとされる受傷の事実を患者自身が否定した上、相当な注意を払つて調べてもその形跡を見出すことができなかつたので、破傷風の疑を否定し去ることはできなかつたものの、同様の症状を呈するヒステリーとの鑑別が困難であるとして、とり敢えず対症療法を施しながら今しばらく症状の経過を観察することとしていたところ、翌一六日午前一〇時には光において門司病院に転院を申出たというのである。
したがつて、同被控訴人としては、破傷風特有の臨床症状が発現し始めた時期で、そのすべてが出揃つていない患者につき、しかも一昼夜余の短時間では破傷風の診断を下すまでには至らなかつたということに帰するが、これをもつて診療上の過失とみるのは現在の医学水準上酷に失するものといわざるを得ない。
三ウマ抗毒素血清使用によるアレルギー反応の危険性について
<証拠略>によれば、ウマ抗毒素血清の使用による患者のアレルギー反応の危険性を避けるため一般に行われているテストも必ずしも絶対的な信頼性のあるものとはいえず、テストの結果異常がなくても、実際に血清を使用するとアレルギー反応を起すことが絶無ではないことが認められるけれども破傷風のように極めて死亡率が高く、しかも、血清使用に時機を失してはならない疾病であつて、アレルギー反応テストの結果異常の認められないようなときまで、稀有の事例に属するアレルギー反応の危険をおそれて血清の使用をためらうことは許されず、したがつて血清の使用に踏み切るためには特に確度の高い破傷風の診断がなされなければならないとする被控訴人綾及び北九州市の主張は採用することができない。
四被控訴人綾の過失と光の死亡との間の因果関係について、
仮に破傷風の死亡率に関する統計の数字の細部の点までが普遍的なものということはできないとしても<証拠略>を総合すると、破傷風は著しく死亡率が高く、適切な治療が施されなければ殆んど助かる見込みのない疾病であるが、抗毒素血清が早期に使用されれば顕著な効果があつて、死亡率を著しく低下させることができ、これが破傷風に対するほとんど唯一の治療方法であるとすることが現在の医学上の定説であることが認められる。したがつて本件の場合被控訴人綾がおそくとも四月一七日中に光に対して血清注射をしたならば未だ時機を失したことにはならず、光は死の結果を免れることができたものと推認するのが相当であり、かかる場合被控訴人の過失と光の死との間に法律上の因果関係を認めるのが相当である。
五以上のとおり原判決は正当であつて、本件控訴並びに付帯控訴は何れも理由がないものとして棄却を免れず、訴訟費用につき民事訴訟法第九五条、第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(佐藤秀 諸江田鶴雄 森林稔)